40代からの小さな挑戦で人生逆転した話

はじめまして!

リエ(@rie_on_earth)といいます。



副業でブログをはじめて、独立して2年半が経ちました。

今は1つのブログの収益だけで1,000万円以上稼げるようになりました。



しかしながらブログを始めた3年前は、手取りたった8万円しかないフリーターで、恥ずかしい話、貯金もとっくに底をついていました。


実家で親のすねかじり、半分引きこもり、40代で貯金ゼロ…と、どこから見ても欠落だらけ。

人に誇れるような強みもなく、常にお金の心配がつきまとう人生でした。



楽なことに逃げ続け、気がついたらもう人生の折り返し地点。


本当はやったらできたはずなのに、



一歩踏み出す前に

ずっと言い訳ばかり

してきました。


このまま年をとって人生が終わっていくんだろうとあきらめかけていた矢先、旅先のインドで偶然出会った有名占い師に、

「もうすぐネットで仕事するようになるよ」とドヤ顔で言われ、




なんと!


2年後に本当に

ネットで起業して

しまいました。




今からするのはあなたにも奇跡は起こるかも、みたいなスピリチュアルなお話しではありません。

まずは本題に入る前に、リエって誰やねんと思っておられると思うので、箇条書きでサクッと自己紹介をさせていただきます。

  • 大阪在住
  • 芸大卒 ➡︎ 会社員コピーライター
  • 趣味は海外プチ移住(2019年はオーストラリアに住みました)
  • ブラジルで死にかけ、インドで人生が激変
  • 30代で乳がん発覚 (奇跡的に治療なしで完治)
  • 40代で手取り8万円の貧乏フリーターに転落
  • 47歳で副業ブログ開始 →4ヶ月後に月収40万円
  • 48歳で副業半年で独立
  • 最高月収400万円(⬅︎いまココ)
  • フルマラソン10回完走
  • 昔は完全菜食のヴィーガンでした
  • 「魔法のレストラン」にも出演した健康オタク
  • タトゥーあり
  • 月収2,000万円の師匠からビジネスを学んでいる
  • 好物はコーヒーとお蕎麦と麻婆豆腐
  • 仕事中のBGMは小沢健二と藤井風



ネットを使えば誰でもたいがいのことはスピーディーに実現できる時代になりました。


だからと言ってSNSで目立ったり、今の生活スタイルを大きく変えたりしなくても、私のような中年女性でも家から一歩も出ずに自分の小さな世界をビジネスとして発展させることだってできるのです。




もうすぐ更年期が待ち受けていようが、人生後半からでも、いつでも誰にでも逆転のチャンスはあります。




だからお金がない、時間がない、経験がない、
何かに挑戦するのはもう遅いんじゃないかと思っている人に、



今がどんな状況でも

必ず打開策はあるよ〜!!!


ということが伝えたくて、今このブログを書いています。





だけど、
一つだけ言えることがあるとしたら

変わるきっかけを

探してるなら、

これまでの延長線上だと

たぶん無理。



なぜかと言うと、人間はいま自分に見えている範囲でしか考えて行動することができないから。


それに人は気づかないうちに自分はこういう人間だという固定概念で、自分を縛っていることが多いからです。




どうせ最初からスキルがあったんでしょ?

リエは文章が書けるからでしょ!

もともとネットに詳しかったんんでしょ?

元コピーライターならできて当然!



必ずこんな風に言われます。


だけど実際はアドバンテージなんてほぼないです。

むしろ、

スキルも能力も

人並み以下です。



派遣で一般企業に勤めた時なんて、仕事を覚えるのは人の倍はかかるし、みんなが当たり前にできるような単純作業すらろくにできずミスばかりするので、社内ではひとり落ちこぼれて冷たい目で見られていました。


一般社会の洗礼を受け、自己嫌悪に陥り、病みました。




一か十かというぐらい極端でバランスを欠いているタイプなので、昔からどこへ行ってもたいていのことは人並み以下。何かと人より失敗の数も多いです。


そんな私が、今では500万円以上も学びに投資し、ビジネスで成果を出すことができるようになったのには実は明確な理由があります。


危うく枯渇しかけた人生からどうやって脱出したのか、ここからお話ししていきますね。

目次

二度死に直面して気がついたこと

仕事中毒だった会社員時代

私は物心ついた時から変わってる子と言われ続けてきたので、成人するまでずーっとそのことがコンプレックスでした。

性格も人前で自分の意見を言ったことがないくらい、消極的で内向的だったんです。


どこへ行ってもポジティブを強要してくる人がいるので、ほんとにしんどかったです。笑



そんな私ですが、アート系の大学に進学したことでようやく自分らしさが爆発。


というのも芸大生ってほんとに突き抜けて変わってる人が多いんです。変わってるの域を超えてもはや変態の域にいるのに、なぜか自己肯定感の塊みたいな人たちばかり。



人と比べたり他人の反応を気にするような次元で生きていない人種と日々行動を共にするようになると、私ってなんて普通でまともな人間なんだ…と思えたんです(笑)


なんだかすごく救われた気がしました。






そして大学を卒業後は、広告制作会社でコピーライターとして働きはじめました。


社会人1年目ではじめて携わった仕事はとんねるずさんの番組枠で流れていた有名スポーツメーカーのテレビCMでした。(音楽は全盛期の小室哲哉さんでした。)



当時はテレビCMが一つのエンタメだった時代で、高校時代から広告に携わる仕事をすることを目標にしていました。なのでとんとん拍子でその夢が叶ったのです。

その後も何社か転職を繰り返して有名百貨店やアパレル企業、飲食メーカーなど、様々なジャンルの広告に携わり個人ではできない貴重な経験もたくさんさせてもらいました。





当時は会社に所属していても職業柄フリーランスような働き方をしていたので、仕事はほぼ24時間体制。

30代半ばまでは休日返上で寝食を忘れて働き続ける、典型的な「仕事中毒」でした。


夜中まで仕事してそのままクラブに行ったり、朝まで友達と飲み歩いてシャワーだけ浴びてまた仕事に戻る。当時はパトロールと称して夜遊びをしていたのですが、寝ないでハメを外すことが唯一のストレス発散方法でした。




やりがいのある仕事をして収入もそこそこあり何不自由なく暮らしていましたが、ライフスタイルは不健康そのもの。


仕事で成果を出すことしか存在価値のない人間になってしまっていたので、30歳を目前にしたころには自分は何のために生きていて一体どこに向かっているのか、あらゆる面で自分を見失っていました。


仕事面ではとある広告賞を受賞したり、企画が新聞の一面やTVで取り上げられたりとそこそこの成果は出していたけど、一歩会社を出るとストレスまみれで時間とお金をただただ浪費しているだけ。心身ともに健全とはほど遠い生活をしていました。

女30歳、一人旅にハマる

多くの人にとって30歳は一つの節目であり人生のターニングポイントとなる年齢だと思いますが、私の場合も人生をリセットするような出来事がありました。



その最初のきっかけとなったのは、29歳で経験した失恋でした。



わたしの周りでも29歳、30歳当たりでこれからどう自分の人生の舵を切っていくのか、ちょっと大きな決断したという人は多いです。

かくいうわたしも、5年ほど付き合っていていた彼とこの先ずっと一緒にいる未来を想像することができず、だけど別れを告げるのもなんだか申し訳なく思ってずっと悩んでいました。




そんなある日、突然ビビビと電流が走るような新しい出会いがやってきたんです。



結局そのことがきっかけで長く付き合っていた彼とは別れて、新しい彼と付き合い始めました。

ですがいい関係は長く続かず、半年ぐらいでフラれるという残酷な結末。



できればもう傷つきたくない微妙な年頃だったので、奈落の底まで突き落とされてそこから這い上がる気力すらなく、しばらくは抜け殻のまま生きていました。絶望のあまり感情も失っていました。

それでも朝がきたら仕事には行かなくてはいけなくて、でもちょっと油断したら涙がポロポロこぼれてしまうので、必死で気を紛らわせようと今まで以上に仕事の鬼と化していました。



そんなある日、ふと今の自分の姿を客観視したら、失恋でズタボロになった惨めさ以上に何の信念も持たずにフラフラと生きている芯のない自分が心底情けなく感じました。


ずっと仕事に没頭し続けてきたのは、実は自分の弱さや向き合いたくないことやから逃げるためだったんだなと。



日々楽しい刺激や快楽だけを求め、20代で私は何も積み上げてこなかったのではないか?

自分に都合がいい現実だけ見ている間に周りはどんどん成長しているということにようやく気がついて、このままではいけないと急に焦りが出てきたのです。




1ヶ月泣いて過ごした結果、心の底から思いました。

しょぼい自分を変えたいと。





そして何をすればいいのか考える前に、衝動的に何でもいいから今までやったことがないような無謀なチャレンジをしようと思いつきました。


むしろ今まで避けてきたことにあえて挑戦しようと。それぐらいしないと今までと同じ行動をしていては何にも変わらない気がしたからです。




私はまだ本気を出してないだけで、できないことは何もないはず!!!

自分のポテンシャルを証明したくて、思いついたのが「海外一人旅」でした。




海外には何度か行っていましたが英語も得意ではないので、まったく知らない世界に飛び込むことが自分の可能性を試すには最もいい方法だと思ったのです。



そこからすぐに飛行機のチケットを取って、バックパックひとつ背負って勢いだけで日本を飛び出しました。

度胸試しがしたかったので行く街も泊まる場所も決めずに、あえて行き当たりばったりで旅することに。とりあえず地中海に沿ってイタリア、フランス、スペインの3ヵ国を3週間ほど電車やバスで旅するということだけ決めてローマに降り立ちました。




一人旅は何が起きても自己責任。

だけど心配している事は

大抵が起こらない。



どの世界でも枠の外に出るまで見えない景色ってたくさんある
のです。




行ってみると世界には一人旅している日本人が結構いる(笑)

その辺を歩いているだけでどこに行ってもすぐに日本語で話しかけられるんです。



それに友達と行く旅とは違って、一人だと常に誰かが世話してくれて現地人の友達ができたり(ナンパもよくされる)、顔見知りになったお店でコーヒーやデザートをご馳走してもらったり。時には車で観光案内をしてもらったり。


知り合った旅人たちと行動をともにすることも多いので、女だけでは行きにくい場所にも行けたり、何人かで車をチャーターして小旅行に行ったり、結局一人になる時間ってほとんどないんです。





これは旅人あるあるだと思うのですが、非日常の空間で数時間しか共にしないような仲だからこそ、普段は人に話さないような心の内をさらけ出したり深い話をすることがあります。


プロポーズを断られたショックを紛らわすために勢いで一人旅に出た関西人の男の子や、仕事を辞めたタイミングで自分探しの旅に出た女の子。

行った先々で出会いと別れを繰り返して毎日いろんな人生に触れていると、生き方も置かれている環境も十人十色で、その人にしかわからない悩みや葛藤と向き合ってみんな日々戦っている。そしてみんな必死。


自分だけの小さな箱の中で暮らしているとそんなことすら気づけなかったけど、異国の地がもたらしてくれた出会いによって、弱っていた心が生き返ってまた生きる希望が湧いてきたんです。



心を修復して前に進むためには、

現実逃避でも

なんでもいいから、

まずはアクションを

起こすことに価値がある。




海外では日本とは違って当たり前のように電車が何時間も遅れるし、ハイシーズンはどこも空室がなくて泊まる場所に困ったり、部屋の鍵が開かなくなるなど想定外のことやトラブルも多かったけど、それも含めて旅の醍醐味。

最終的には帰りたくなくなるくらい本当に楽しい経験となりました。

ブラジルで拳銃を突きつけられ、死にかける


そこから一人旅の楽しさにハマり、毎年2〜3週間ほどまとまった休みを取って海外に行くことがお決まりのイベントとなりました。


会社を辞める1年ほど前には一人で南米を旅しました。



まず降り立ったのは、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ。



「腕時計をしてたら

腕ごと切り落とされる

らしいよ。」




飛行機で一緒になった人から、嘘かほんんとかわからないような恐ろしい話を聞かされてさすがにビビりましたが、それでも憧れだったイパネマのビーチの目の前のホテルにチェックインすると、部屋の窓から一望できる絶景にテンションはMAX状態。


現代建築が大好きな私は、さっそくブラジルでの一番の目的地だったニテロイ現代美術館に向かいました。
オスカー・ニーマイヤーという有名建築家によるUFOのようなユニークなフォルムの建築物で、当時はキューピーマヨネーズCMのロケ地にもなっていました。




夕方になってホテルに戻り、とりあえず地元のグルメでも満喫しようと浮かれた気分のまま近くのレストランへと向かいました。


そして、このあと大事件が起こります…。




かなり旅慣れしているので後ろにも目がついているぐらい気をつけていたのですが、ちょっと油断した隙に気がつけば、ピストルを持った青年に道を塞がれ、

あっという間に

こめかみに拳銃を

つきつけられてしまいました。


「ああ、私はこのまま死ぬかもしれない…」



映画のような絶体絶命の事態でしたが、人間は極限状態になると逆に冷静になるもの。



とっさに両腕をホールドアップしたあとは時間の流れがスローモーションになり、不思議なのですが取り乱すことなく客観的に状況判断ができる状態でした。



それと同時に、生と死って実は薄皮一枚でできているんだなと感じました。





結局、上着とデニムのポケットまでくまなく身体検査をされて、抵抗することなく持っていた荷物をすべて渡すと何も危害を加えることなく去っていったのですが、相手も少し焦っていたようで、デニムのポケットに入っていたクレジットカードだけは無事でした。



ピストルを持った青年が去っていく後ろ姿を茫然と眺めていましたが、その後は夢から覚めたように現実に戻り、なんだか地に足がつかずふわふわした状態でホテルのロビーまで戻りました。

フロントのスタッフに強盗に合ったことを一通り話すと、それは大変だったね…と同情してくれて部屋のカードキーを再発行してくれました。



一人部屋に帰ってから改めてさっき起きたことを思い返すと、さすがに恐怖で膝がガクガクと震えてきました。

だけど悩んだところで何もできることはなく、その夜は疲れ果ててそのまま眠ってしまいました。





そして翌朝。


目覚めて冷静になってみると、お金やパスポートは無事だったけど、旅の途中で親しくなった方々から「何かあったら連絡しておいで」といただいた名刺も連絡先も、この先必要だった大事な旅メモも、すべてなくしてしまったことに気がつきました。



この先どうしよう…。



途方にくれながらふと目線をあげると、オーシャンビューの部屋の窓からは雲ひとつなく晴れ渡った空と、太陽の反射でキラキラと輝くターコイズブルーの海。


底抜けに明るいこの風景を見ていたら悩んでいるのが馬鹿らしくなり、小さなことでウジウジしてる自分がダサすぎて思わず笑えてきました。


何も持たなくても

生きてたらOK。

失うものはなくなったから

もうどうなっても

ええわーーー!!!




この先失うものなんてなにもないと開き直ってみると、前向きなエネルギーがみるみる湧いてきました。



すると、いかに自分が普段から変えられないことについて悩むことに貴重な時間を費やし、つまらないこだわりとか信念とか、肩書きとか、変なプライドとか不要なものを抱えすぎて、


自分を守るためにがんじがらめで生きている



ということに気がついたんです。

ほんとはそんなもの持たなくても生きていけるのに。

眠っていた予知能力が開花

そして、その旅ではすごく不思議なことが起こり続けました。



そのうちのひとつに、

何度も夢の中に出てくる場所が実在したこと!!!



これは嘘のような本当の話。



実は私、昔からいろんなパターンの予知夢をよく見るのですが、かなりの高確率で現実とリンクしていることが多いのです。




ブラジルにおいては物心ついた時からいつも夢の中に出てくる公園があったのですが、巨大な椰子の木の通りを抜けるとツタに絡まった小さな家がって、その先には小さな池とお花畑があって…

夢の中では公園だと思っていたのですが、実在した場所は巨大な植物園でした。



しかも、あのボサノバの巨匠、アントニオ・カルロス・ジョビンがいつも散歩していたスポットだったのです。
ジョビンはアナログ盤で聞くぐらい大好きだったので、それを知った時は興奮を抑えられませんでした。





さらに、ブラジルに行く前から不思議な出来事は起きていて。


当初はブラジルではなくメキシコに行くつもりだったので、紀伊國屋書店で「地球の歩き方メキシコ版」を買ったつもりが、家に帰って袋を開けてみると中から出てきたのはなぜかブラジル版。


返品しようかと思ったのですがせっかくなので読んでいると、なんだか無性にブラジル愛が湧いてきて、気がついたらブラジル行きのチケットをゲットしていたんです(笑)




すべては必然と捉えるなら、旅先が変わったのも新たな気づきを得るため。人生も旅も思い通りに進まないことが多いからこそ、いろんな学びの機会を与えてくれるのです。



怖い思いはしたものの極限状態を経験したことで、人生のあらゆる場面で動じず対応できる器ができたし、何より追い詰められた時の判断力やアドリブ力が鍛えられた。

わたしはいつも冷静と言われるけれど、その原点はこのブラジルの旅がもたらしてくれたものだと思います。

まさかの乳がん告知


そこから数年後、長年のハードワークとストレスから体調不良に悩まされるようになり、30代後半にさしかかった時にいったんコピーライターの仕事を辞めることにしました。


そこからは派遣で働いたり、アルバイトをしたりして生活をつないでいました。


ずっとその日暮らしの日々を送っていましたが、歩く方向性を間違えている時や人生の節目にはいつもショック療法のようなことが起こるんです。


この頃、人間ドックで乳がんが発覚します。




経験した方はわかると思いますが、いわゆる「告知」ってすごいあっけないんですよ。


「残念ながら、ガンです」と言われた時は、「えーっ!?心の準備もなんにもしてないのに、こんなにあっさり言われるものなの?」と思いました。


さすがに告げられた時は一瞬だけショックでしたが、なぜか落ち込むことはありませんでした。



自分でも不思議でしたが、変えられないものを悩むより逆に自分を変えるきっかけをくれてありがたさしかないと、びっくりするくらい前向きに受け止めることができたんです。




私の友達は常識の向こう側にいる人が多いのですが、乳がんが見つかった当日に親しい仲間に報告すると、

第一声は、へえー、

あんたみたいな

貧乳でもなるんや。


ちょっと待って、ここは励ますとこやろ!と思わずツッコんでしまったほど。

ピンチも笑いに変える関西人ならではの愛情たっぷりの正しい反応。こんな友人が周りにいる私はほんとに幸せ者だなと。





こういう時も昔の私なら誰にも言わずに隠していたかもしれないけど、自分の欠点や短所、弱みは出していかないと解決しない。



ブラジルで死にかけた時に、人からの評価なんてもうどうでもよくて

欠点も出していく方がラク


と学んでからは、何も隠し事なしで曝け出すことに決めてました。
それに自分の短所や欠点だと思い込んでることって、他人にとってはどうでもいいことだったりするんですよね。


そして何より私は

悪運が強いのかもしれません。



幸い普通なら見つかることがないぐらいの初期段階での奇跡的な発見でした。

結構な勇気がいりましたが、一切の治療はしないという選択をし、今ではすっかり完治してしました。

人生の突破口を見つけたインドの旅

ノートPCひとつで世界を渡り歩く起業家

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40代になっても相変わらず、今までの延長線上で生活のために短いスパンで特にやりたくもない仕事を我慢してやっては旅に出る、という毎日を送っていました。


側から見ると自由に生きていてうらやましいと言われていましたが、仕事も経済面でも常に苦痛を抱えていてそこから抜け出す方法も見つけることができず、40代後半になった頃にはとうとう貯金も底をつきそうでした。



ちょうどその頃、仕事を辞めたタイミングで


最後の貯金をはたいて

2ヶ月インドを一人旅しました。




最初はチベットの文化圏にあるラダックという小さな街から旅をスタート。


ラダックはインドを旅するならみんな行ってみたいと思う憧れの地ですが、標高3,000m以上の僻地にあることから誰でも簡単には行くことができません。



インドの有名な映画「きっと、うまくいく」のラストシーンのロケ地になったパンゴンツォという天空の湖にも行きました。高山病になりながら標高5,000mの峠を越え、一歩間違えると命を落とすような危険なドライブを経てようやくたどり着いた場所では、この世のものとは思えないぐらいの絶景が待ち受けていました。



ラダックはみんながイメージするインドとは風景も文化もまったく違って、首都デリーのような騒がしさもなくとにかく人が温かくて天国のように素敵な場所でした。



ラダックを後にしてからは、移動中にたまたま立ち寄ったリシケシというヨガの聖地で(ビートルズが瞑想したことで有名な街)、しばらくのんびりヨガ漬けの生活でもすることにしました。



実はこの街で私の人生を変えるきっかけとなる出会いが待ち受けていました。





どうせヨガ漬けの生活をするならいっそのこと日本では体験できないことをしようと、ヨガのアシュラム(宿泊食事付きのヨガ道場)に滞在することにしました。



朝のクラスで毎回一緒になる長髪イケメンのベネスエラ人の男の子と仲良くなり、毎日一緒にランチを食べたりしていたのですが、ある夜Wi-Fiが使える部屋に行ってみたらその彼が一人ノートPCに向かってカタカタと何やら作業をしている様子。


何してるの?と聞くと彼は
「ネット上で企業サイトの検索順位を上げる仕事をしているんだよ」と素人にもわかるように簡単に説明してくれました。




「場所にも時間にも縛られずに、毎日ストレスフリーで世界中を旅をしながら暮らしているんだ。最高だよ。」


どこにいても仕事ができるから、半年後にまたインドに戻ってきて次は本格的にヨガの資格を取るとも言っていました。



その彼は私の目の前でもインドの若手経営者から新たな仕事をゲットしていて、心を殺しながら働いていた自分と、彼の生き方とのギャップに衝撃を受けてしまいました。




移動しながら好きな場所で仕事ができるなんて、もし私にもできるなら理想的な生き方だなあと憧れを持ってみたものの、当時の私にとってはそれができるのは彼に特別な才能があるからだし、

自分の人生からはかけ離れた遠い世界の話だと思いました。

インドの有名占い師の予言

さらに、その数日後。


不思議な流れでなぜか現地でとても有名な占い師に会う機会を得ます。


その占い師のおじさんは、私は特に何も聞いてもいないのに

「あなたはこの先

 旅をしながらネットで

 仕事をするようになるよ」


というのです。




「えっ、この私が?!お金もないし、何のスキルもないのに!?」と、何度聞き返しても自信満々で、なんならドヤ顔で断言します。



さらには、歯の病気だけ気をつければ、ここからはお金も健康も仕事もどんどん上がっていくし、何にも心配するなと。



さすがにおじさん、それは嘘でしょと思いましたが、実はそのことを告げられる前に、過去に実際にあった出来事から家族構成や親の健康状態、絶対知るはずもない体のタトゥーの位置まで怖いぐらい言い当てられていたんです。


彼の言葉にはもしかしたら本当にそうなったりして…と思わせるような凄みというか説得力がありました。



その夜は地域の大きな祭りイベントが開催されていて、交通事情の関係で泊まっている宿には帰れず、近くにあるお寺の宿坊で一夜を明かしました。






そして翌朝、その占い師のおじさんの自宅にお邪魔しました。



すると一瞬ここはハリウッドなの?!と勘違いするぐらいのインドらしからぬ豪邸で、リビングはエルデコとか海外のおしゃれインテリア雑誌に出てきそうなハイセンスさ。


壁にはインドの著名人と映っている写真がたくさん飾ってありました。フレンドリーで紳士的なおじさんでしたが、実は本当にすごい人物だったようなのです。



そういえば私が出会った時もハリウッドのメディアから取材を受けている最中だったことを思い出しました。


ネットで仕事をするようになると言われた時はそんなことあるわけないと疑っていたけど、実はすごい人物だったということがを知り、もしかして言われたことが本当になったりして…と、うっすらとした期待感のようなものが生まれてしまいました。

決断すると道なき道は勝手にできる

私は高校生の時から画家の横尾忠則さんの大ファンで、20代の頃から彼の著書を読み漁っていました。

その中でもひときわインパクトが強かったのが「インドへ」という旅行記で、作家の三島由紀夫さんの言葉が紹介されていました。



「人間にはインドに行ける者と行けない者がいて、行く時期はインドが決める
」というような記述があり、それが頭の片隅にずっと残っていました。



一般的にもインドは呼ばれた人しか行けないみたいな都市伝説が語られていますが、私の場合は行く前に「もしかしてこれは呼ばれているということか?」と思うような不思議な出来事が起こりまくりました。




まず、なぜか親戚のSNSを通じて九州在住の霊能者の男性から突然連絡があり、まったく知らない名古屋在住の経営者の方に連絡するように指示をされます。


よくわからないまま連絡をしてみると、今度はその方からインドのマイソールに15年以上住んでいるというサイババの信者の方を紹介され、メールで連絡を取ったところ旅の途中で会うことになりました。



まだインド行きのチケットも取っていないのに、知らない間にあれよあれよとご縁が繋がれていって、インドまでの道筋が勝手にできてしまったのです。




旅の最終地点ではサイババの信者の方の家にしばらく滞在させてもらったのですが、まるでアメリカの高級住宅地みたいな現地のお金持ちしか住んでいないエリアだったので、インドにいることを忘れるほど快適な滞在をさせてもらうことができました。


こんな感じで

行くと決めると

勝手現実が良い方向に動き出した


のです。





この時に学んだことは

何かを決断すると

道なき道は

オートマティックにできるのだ


ということでした。

ジョブズとザッカーバーグの革命の原点

インドでは2ヶ月間にいろんな場所を移動しました。


テレビなどで紹介される時に真っ先に映るガンジス川のあの風景・バラナシにも行くつもりはなかったけど、旅先で知り合った子たちとインドにきたらやっぱり行っておくべきだろうという話になり一緒に1週間滞在することにしました。


そこでは地元の方に火葬場に入れてもらうことができ、亡くなった人が次々と運び込まれて目の前で火葬されるのを目の当たりにしました。あまりにショッキングな光景だったので、その帰り道は行った全員が言葉を失くしていました。



ここでは日常の一部として、生と死が隣り合わせているのです。




当たり前のように生きているけど、

明日も当たり前のように

生きている保証なんて

ないんだ。




インドで最も強烈に印象に残っているのは、現地の人はみんな目がキラキラしていて、私たちが日頃忘れかけている命の煌めきみたいな本質的な部分を失っていないこと。


物理的には豊かでなくても、みんな笑顔で生きることを心から楽しんでいるんです。



スティーブ・ジョブズは大学を中退してインドに行き、あまりに直感的に生きているインド人を見て「直感は知性よりも強力」と感じ、そのことがAppleの成功に大きく影響したのだと語っています。


また事業の先行きが見えずに苦悩していたマーク・ザッカーバーグもジョブズの助言でインドを1ヶ月旅しビジネスでの気づきを得たそうですし、世界で最も有名なバンド・ビートルズもわたしが滞在したリシケシの僧院に籠もってホワイトアルバムを書き上げたというのは有名な話。



旅が新しい視点をもたらしてくれるというのはありきたりで陳腐なことのようだけど、偉人の革命にも必要なエッセンスだったことは間違いないようです。

40代でも自分史上最高は更新できる

インドでの予言が現実になる

インドから帰ってきた後は、またその日暮らしのアルバイト生活に戻っていました。


ですが、インドでの不思議な出来事の続きが再生されていくように、新しい職場ではWordPressを使わなくてはいけなくなり、いろいろ調べものをしているうちにSEOというワードとも出会いました。



その頃のバイトの手取りは多い時で8万円ほど。


生活のためにたいしてやりたくもない仕事を転々とし続けていたので、一刻も早く金欠生活から脱出したいという切実な思いを抱えていました。




そこで、まずは何か自分にできる副業で収入を得ようと決意。

今の生活をベースにしながら、しかもコストをかけずにできるものといえば、ネットしかないのではないか。



だったら、

ネットで自力で

お金を稼ぐって、

どうやればいいんだろう?



そんな疑問を解消するため急いでSEO、アフィリエイト、アドセンスってなんぞや?!と言う感じで、ネットビジネスの始め方についてあれこれ調べまくりました。


そしてひとまず自力でWordPressを立ち上げるところまで進めつつ、教えてくれる人を探しました。





自己流でやらず最初から先生探しをしたのは、作家の本田健さんやホリエモンなどその道のエキスパートたちがみんな声を揃えて

成功するためには

すでに成功している人に

教えてもらうのが一番近道


と言っていたからです。



そうしてネットを通じて辿り着いたのがいまのビジネスの師匠のサイトでした。

世界を変えたければ、身銭を切って動け

師匠と出会った時は、残念ながらコミュニティの募集も終わっていたのでコンサルは受けられなかったのですが、どうしても親しくなりたい一心で、飲み会や旅行に誘っていただいた時は、経済的にはかなり厳しい状況でしたが二つ返事で全国どこでも駆けつけました。


いま思い返せばストーカーのようにかなりしつこかったかも(笑)と思います。



当時は休みは自由に取れたもののアルバイト代が手取り8万円しかなかったので、給料のほとんどが交通費と宿泊代、飲み会代ですべて消えていました。

まだまだ貧困状態だったので最初に受けたコンサル代の半分はなんとか自己アフィリエイトで捻出し、足りない分は家族に借金をして支払いました。




ここからブログ最優先の生活がスタート。


もう後戻りはしたくないと自分を追い込み、仕事が終わってからもその日のタスクが終わるまで家には帰らず、コワーキングスペースに篭りました。



当時は早朝5時台から書店で重たい雑誌の束を抱えたり肉体労働に近いようなワークをしていたので体力的にはかなりキツくて、作業をしている間も眠気と戦いながら意識朦朧としていることがたびたびありました。



「寝ないで頑張れ」「とにかく量をこなせ」といったことがだんだんできなくなる世代だけど、幸いフルマラソンとコピーライター時代のハード仕事で鍛え抜いたガッツだけは持ち合わせていました。


それに最初の立ち上げ時が最もしんどいということはなんとなくわかっていたので、大好きな映画観賞や趣味も一切断ち切って生活そものもをブログファーストに変えました。


今回ばかりは本気で人生を変えると決めていたので、腹を括って取り組んだんです。





その結果、4ヶ月目で月収40万円を達成。


副業をはじめて半年でブログが本業になり、あっという間に思い描いていたライフスタイルを手にすることができたのです。びっくりするようなスピード感で住む世界が180度変わってしまいました。



そして1年後には月収が200万円を超え、念願だったオーストラリアプチ移住も叶えることができました。



いま振り返れば社会人になってから、常に漠然とした将来への不安を抱えながら生きていました。だけどいつでも自分でお金を生み出セルスキルさえ持っていれば、悩みのほとんどは解決できたと思います。







この初期の頃の自分を振り返って褒められる点があるとするなら、


まずは自己投資して

目的地まで最短距離で

向かったこと。

もうこれに尽きる!!!





あとは、目標をスムーズに叶えるために、

実際に稼いでいる人の

考えや行動に

身近に触れられる

環境に身を置いたこと。



これも本当に大きかったです。





1,000万円以上稼げるようになるまでは、教えてもらったことだけひたすら愚直に取り組んできたし、自己流でやったことなんてほとんどないです。


いまはネット上には情報が溢れかえっているように見えて、実は肝心な部分の情報はほとんど出回っていません。
なので、表に出ていない部分の情報はいま攻略している人と会って話さないと、分からない。


本当に大事な情報は人を通してしかやってこないから、何ができるか自分で考えて動いた人にだけいち早くチャンスの扉は開くようにできているのです。


自分が生きやすい環境をつくる


私は世間的にはかなりドロップアウトしている人間だと自覚もしています。


例えばずっと独身なのでもう耳が腐るぐらい「なんで結婚しないの?」と言われ続けてきました。


40代後半になると言われることも少なくなりずいぶんラクになりましたが、するのが当たり前という価値観を持っている人にとっては理解できないのは当然のことだと思います。


だけどするかしないかの選択は、個人の自由なんですよね。



ほかにも、私は左肩にワンポイントのタトゥーが入っているので近所のスパを出禁になったり、大手のジムでは誰にも見えない場所でも入れてる事実だけで入会できません。
(もちろん迷惑にならぬようルールは守ります。)



そんなこともあれば、逆にお堅い一部上場企業と仕事をしていた時などは、夏場にタトゥーがチラ見えしていても、クリエーターだからぜんぜんアリと認められる。



いる場所によってギャップがありすぎて謎
でした。





フリーランスになることのメリットのひとつに、

あらゆる制限から

解放されて

自分の生きやすい環境を

作れること


があります。




少し前までは人と違う選択をしたり自分を貫くと風当たりが強い世の中だったけど、最近は社会的な空気感で多様性が認められるようになり、ようやく生きやすくなってきたなと感じます。


リアルとSNSの境界線が薄くなり、会ったことない人と気軽に交流できたり制限がない分チャンスも格段に増えた。


あらゆる面でボーダーレスが加速していくので、やりたいことがある人にとってはいまだかつてないほどすばらしい時代です。


たいがいのことは

情熱とスピード感さえあれば

実現してしまう


のです。




それに、私自身ネットの世界も自分の力で稼ぐということもこれまで最も敬遠してきたことだったので、そこで今も成果を出し続けているというのは可能性ってどこに眠っているかわからないんだなと感じます。


だからこそ食わず嫌いにならずに、小さな挑戦を積み重ねて行くことには大きな意味があるのだと思います。

失敗したことがない人は、挑戦したことない人

何かはじめようと思った時、たいがいの人は失敗したらどうしようってやる前から心配しますが、

新しいことしたら

失敗は必ずするもの。




決断をする時や一歩踏み出す時は不安や恐怖がつきまとうけど、何かをやる時に怖いと感じたら、それは実はGOサイン。


だって怖いって感じるってことは、踏み出した後の変化がすごく大きいってことの証だから。


それだけ大きく飛躍できるチャンスだってこと。




不安とか怖いという気持ちは決して悪い感情じゃないですよ。

元を辿れば人間の生存本能からくるもので、つまり生きていくためには自分を守らないといけないという、人間のデフォルト機能が発動しているだけ。



最初の一歩にはいつもこの心理的ハードルが伴うけど、失敗はするものという前提で動けば案外すんなりと踏み出せたりします。

毎日小さな挑戦を積み重ねることで経験値が増えれば楽観的な見通しが立てられるようになるし、最初は不安でもどんなことでも一定期間が経てば必ず慣れる。



それに二度も死と直面したからわかるけど、失敗してもすぐは死なないから、大丈夫。

そう思うと失敗はダメージではなくて成長に必要なビタミン剤に変わってしまうのです。

「いつかやろう」は一生できない

最初にも書きましたが、あえてもう一度。

もし変わるきっかけを探してるなら、これまでの延長線上だとたぶん無理。



科学的にも人間の脳は見たいものしか見ない仕組みになっているから、普段から頭の中で思っているものだけ見るようにできているのです。




例えば、夕暮れ時にiPhoneで写真を撮ったら実際に目に見えているより暗く写ることがあると思いますが、実はそれが本当は正しい明るさなのだそうです。

自分の想像で事実を修正しているんです。びっくりですね!



となると、
歳だから、才能ないから、
時間がないから、経験がないから、
いまお金がないから、自己肯定感が低いから…
などなど、


できない理由を頭で想像しているとそれが現実化してしまうわけです。
(うかつに想像するのが怖くなってしまいますね。)



逆に言うと、ポジティブな決断をした瞬間にその現実はすでにつくられているも同然なのです。







同世代にしかわからないことだけど

ぶっちゃけ

ホルモンがついてこない日も

あります(笑)



40代、50代になると自己管理ではコントロールできない問題が出てくるから、毎日同じことをしようと思っても気持ちに体がついてこないこともたびたびあります。



そういう大変さもあるけど、できる時に行けるところまで進めばいい。

これほどまでにやりたいことがすばやく実現する時代はないと肌で感じるから、恐れず波に乗ることが本当に大事だから!



「いつかやろう」と思っている人は「明日も当たり前に生きている」と思っている人。人生100年時代とはいえ、ずっと生きてる保証なんてないです。


居心地の悪いところでこそ

人間の成長は加速するものです。



慣れるまでの不安やしんどさは、ただの成長痛。

私自身は新しい刺激や発見を日々取り入れながら、ビビらず変化を乗りこなし錆びない人生を送っていきたい。



何かを変えたければ、

シンプルに「やるか」

「やらないか」の二択しかない。



そして、最後まで自分を信じてやり抜けるかだけだと思う。



長々と書きましたが、現状維持は退化でしかないと自分にカツをいれつつ、まだまだやることは山積みなので今日も小さな進化を積み重ねていく次第です。

まだまだ伸びしろはあると信じて〜!!!



最後まで読んでださりありがとうございました( ^ω^ )

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • >このまま年をとって人生が終わっていくんだろうとあきらめかけていた矢先、旅先のインドで偶然出会った有名>占い師に、「もうすぐネットで仕事するようになるよ」とドヤ顔で言われ

    この部分面白いですね。笑
    僕は大学生で、まだ海外1人旅は行ったことないのですが
    夏休みにリゾートバイトに行ってそこで出会った人たちに
    価値観を大きく変えてもらい人生が変わったので
    なんだか親近感がわきました!

    僕も師匠がいてビジネスを頑張っているので
    読んでて元気が出ました!
    ありがとうございます!

    • しょーんさん、こんにちは!
      元気が出るコメントありがとうございます!

      出会いって不思議ですね^^
      大学生でビジネスをされているのはホントすごいです。
      早く自由に旅できる日が来れば、また新しい出会いも広がりそうですね!

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