ブログ&ビジネス

ブラジルで死にかけて、インドで人生が変わった話【リエの自己紹介に変えて】

はじめまして!

リエ(@rie_on_earth)といいます。

ブログを書いたり、ネットで稼ぎたい人やセカンドキャリアで飛躍したい人のコンサルなどをしています。

 

フリーランスになって2年半。
今は1つのブログの収益だけで1,000万円以上稼げるようになりました。

しかしながら副業でブログを始めた3年前は、手取りたった8万円しかないフリーターで、
恥ずかしい話、貯金もとっくに底をついていました。

実家で親のすねかじり、半分引きこもり、40代で貯金ゼロ…と、どこから見ても欠落だらけ。

人に誇れるような強みもなく、常にお金の心配がつきまとう人生でした。

 

このまま年をとって人生が終わっていくんだろうとあきらめかけていた矢先、旅先のインドで偶然出会った有名占い師に、

「もうすぐネットで仕事するようになるよ」とドヤ顔で言われ、

なんと!

2年後に本当にネットで起業してしまいました。

 

今からするのは、決してあなたにも奇跡は起こるかも、みたいなスピリチュアルなお話しではありません。

まずは本題に入る前に、リエって誰やねんと思っておられると思うので、箇条書きでサクッと自己紹介をさせていただきます。

  • 大阪在住
  • 芸大卒 ➡︎ 会社員コピーライター
  • 趣味は海外プチ移住(2019年はオーストラリアに住みました)
  • ブラジルで死にかけ、インドで人生が激変
  • 30代で乳がん発覚 (奇跡的に治療なしで完治)
  • 40代で手取り8万円の貧乏フリーターに転落
  • 47歳で副業ブログ開始 →死ぬ気で4ヶ月後に月収40万円
  • 48歳で副業半年で独立
  • 最高月収400万円(⬅︎いまココ)
  • フルマラソン10回完走
  • 完全菜食のヴィーガンでした
  • 「魔法のレストラン」にも出演した健康オタク
  • タトゥーあり
  • 月収2,000万円の師匠からビジネスを学んでいる
  • 好物はコーヒーとお蕎麦と麻婆豆腐

 

人生前半戦は変化に富んだ日々だったけど、回り道ばかりしてきました。

だけどスティーブ・ジョブズがConnecting the dots(点と点をつなげる)という話をしているように、過去の経験が後に何に生きてくるのかわからないのが人生。

今となっては前に進むために必要ことばかりだったから、人生捨てたもんじゃないなと。

 

人間は年齢を重ねるほどに「自分はこういう人間だ」という固定観念を持ってしまうことがあるけど、良い面もあればそれは時に自分を縛ることにもなる。

成長し続けるにはそれを壊すような、小さな挑戦をたくさんしていくことが唯一の道なんじゃないかと思うんです。

 

そして、お金がない、時間がない、経験がない何かに挑戦するのはもう遅いんじゃないかと思っている人に、

必ず打開策はあるよ〜!!!

ということが伝えたくて、情報発信をしています。

 


私自身、楽なことに逃げ続け、気がついたらもう人生の折り返し地点。

本当はやったらできたはずなのに、

一歩踏み出す前にずっと、言い訳ばかりしてきました。

 


無駄に時間を使ってしまったことに後悔しかなかった私は、やるなら今がラストチャンスと腹を括り、47歳で知識ゼロから奮起。

短期間必死で自力で稼ぐ力を身につけました。

 


変わるきっかけを探してるなら、これまでの延長線上だとたぶん無理。

 

だって人間は自分に見えている範囲でしか、考えて行動することができないから。

だからこそ言い訳するのをやめて、今までと真逆のチャレンジをしてみた。

知らなかった世界に思い切って飛び込んだら、あれよあれよと人生が変わってしまったんです。

 

どうせ最初からスキルがあったんでしょ?
リエは文章が書けるからでしょ!
もともとネットに詳しかったんんでしょ?
コピーライターならできて当然!

必ずこんな風に言われます。

だけど実際はアドバンテージなんてほぼないですよ。

 

私なんてむしろ、スキルも能力も人並み以下です。


広告業界を辞めて派遣で普通の企業に勤めた時なんて、何かを覚えるのは人一倍時間がかかるし、みんなが当たり前にできるような事務的な単純作業もろくにできず、社内ではひとり落ちこぼれて冷たい目で見られていました。

長年得意なことしかしてこなかったから、一般社会の洗礼を受け、自己嫌悪に陥り、病みました。


そんな人並み以下の私が、今では500万円以上も学びに投資し、一人でビジネスができるようになったのにはちゃんと理由があります。

危うく枯渇しかけた人生からどうやって脱出したのかを、ここからお話ししていきますね。

 

誰でも何歳でも自分史上最高は更新できる

コンプレックスからの解放

私は物心ついた時から変わってる子と言われ続けてきたので、成人するまでずっとそのことがコンプレックスでした。

性格も人前で自分の意見を言ったことがないくらい、消極的で内向的だったんです。

特にポジティブを強要してくる人がいると、ほんとにしんどかった…(笑)
(いま思うとポジティブであらねばと思ってる時点ですごくネガティブなんですけどね。)

 

そんな私ですが、アート系の大学に進学したことでようやく自分らしさが爆発。
というのも芸大生ってほんとに突き抜けて変わってる人が多いんです。

変わってるの域を超えて変態の域にいるのに、なぜか自己肯定感の塊みたいな人たちばかり。

突き抜けすぎていて、もはや人と比べたり他人の反応を気にする次元ではないんです。

それを目の当たりにしたら、自分がいちばん普通でまともな人間に見えたんです(笑)

なんだかすごく救われた気がしました。

 

そして大学を卒業後、広告制作会社でコピーライターをしていました。

社会人ではじめて携わった仕事はとんねるずさんの番組枠で流れていた有名スポーツメーカーのテレビCMでした。
(音楽は全盛期の小室哲哉さんでした)

その後も4社ほどキャリアップのために転職を繰り返し、有名百貨店やアパレル企業、飲食メーカーなど、様々なジャンルの広告に携わりました。

仕事中毒で生きる意味を見失う

その当時は会社に所属していても職種柄フリーランスのように仕事はほぼ24時間体制。休日返上で寝食を忘れて働き続ける典型的な「仕事中毒」でした。

夜中まで仕事してそのままクラブに行ったり、朝まで友達と飲み歩いてシャワーだけ浴びてまた仕事に戻る。そんな不健康な毎日でした。

私生活では辛いことが度重なり、30歳になったころには自分は何のために生きていて
一体どこに向かっているのか、人生のビジョンを見出すこともできず、完全に自分を見失っていました。

仕事では広告賞を受賞したり、企画が新聞の一面やTVで取り上げられたりとそこそこ結果は出していたけど、一歩会社を出るとストレスまみれで時間とお金をただただ浪費しているだけ。

心身ともに健全とはほど遠い生活をしていました。

失恋きっかけで一人旅にハマる

ちょうどこの頃、死ぬほど好きだった人にフラれました。
大失恋のショックで1週間ぐらい泣いて過ごした結果、心の底から思いました。

しょぼい自分を変えたいと。

 

何でもいいから今までやったことがないような、無謀なチャレンジをしようと思いました。

私にできないことは何もないはず!!!

自分のポテンシャルを証明したくて、思いついたのが「海外一人旅」でした。

英語も得意ではないので知らない場所に飛び込むことが、自分の可能性を試すには最もいい方法だと思ったのです。

 

そしていざ、バックパッカーデビュー。

最初はできるだけ日本から遠い場所がよかったので、ヨーロッパ3ヵ国を陸路で巡ることにしました。

バックパックひとつ背負ってイタリアから入って、フランス、スペインと地中海に沿って3週間ほど電車やバスで旅するルートでした。

一人旅は何が起きても自己責任。

 

度胸試しのつもりで行く先も泊まる場所も決めずに、飛行機のチケットだけ取って日本を飛び出しました。

スマホもない時代だったので、今と比べると簡単に情報が手に入るわけではなく、しかも初めての一人旅だったので、最初は行き当たりばったりで旅するのは不安で本当に心細かったです。

 

でも実際にやってみてわかったのですが、一人だと常に誰かが声をかけてくれてすぐに友達ができたり(ナンパもよくされる)、知り合った子たちと行動をともにしたり、現地の人にごはんをご馳走してもらったり。

行き当たりばったりだからこその出会いや出来事がたくさんあるもの。

ハイシーズンのヨーロッパだったので泊まる場所に困ったことはありましたが、友達も数人できて、最終的には帰りたくなくなるくらい本当に楽しかった。

拳銃を突きつけられ、死にかける

そこから一人旅の楽しさにハマり、毎年20日間ほどまとまった休みを取って海外に行くことがお決まりのイベントとなっていました。

会社を辞める1年ほど前には一人で南米を旅しました。

まず降り立ったのは、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ。

 

「腕時計をしてたら腕ごと切り落とされるらしいよ。」

 

飛行機で一緒になった人から、嘘かほんんとかわからないような恐ろしい話を聞かされてさすがにビビりましたが、それでも憧れだったイパネマのビーチの目の前のホテルにチェックインすると、部屋の窓から一望できる絶景にテンションはMAX状態。

現代建築が大好きな私は、さっそくブラジルでの一番の目的だった憧れのニテロイ現代美術館に向かいました(当時キューピーマヨネーズCMのロケ地にもなっていました)。

その後は夜になったので、とりあえず地元のグルメでも満喫しようと完全に浮かれた気分のまま近くのレストランへと向かいました。

 

そして、このあと大事件が起こります…。

 

かなり旅慣れしているので後ろにも目がついているぐらい気をつけていたのですが、ちょっと油断した隙に気がつけば、ピストルを持った青年に道を塞がれ、

あっという間にこめかみに、拳銃をつきつけられてしまいました。

 

「ああ、私はこのまま死ぬかもしれない…」

 

映画のワンシーンのような絶体絶命の事態。
人間は極限状態になるとこうなるのでしょうか。

時間の流れがスローモーションになり、不思議なのですが取り乱すことなくとても冷静に状況判断ができる状態でした。

それと同時に、生と死って実は薄皮一枚でできているんだなと感じました。

 

結局、上着とデニムのポケットまでくまなく身体検査をされて、持っていた荷物をすべて渡すと危害を加えることなく去っていったのですが、相手も少し焦っていたようで、デニムのポケットに入っていたクレジットカードだけは無事でした。

ピストルを持った青年が去っていったあとは夢から覚めたように現実に戻り、なんだか地に足がつかずふわふわした状態でホテルのロビーまで戻りました。

フロントのスタッフに強盗に合ったことを一通り話すと、それは大変だったね…と同情してくれて部屋のカードキーを再発行してくれました。

 

一人部屋に帰ってから改めてさっき起きたことを思い返すと、さすがに恐怖で膝がガクガクと震えてきました。

だけど悩んだところで何もできることはなく、その夜は疲れ果ててそのまま眠ってしまいました。

ダサい自分にサヨナラ

そして翌朝。

目覚めて冷静になってみると、お金やパスポートは無事だったけど、旅の途中で親しくなった方々から「何かあったら連絡しておいで」といただいた名刺も連絡先も、この先必要だった大事な旅メモも、すべてなくしてしまったことに気がつきました。

この先どうしよう…。

 

途方にくれながらふと目線をあげると、オーシャンビューの部屋の窓からは太陽の反射でキラキラ輝く真っ青な海と空。

底抜けに明るいこの風景を見ていたら悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまい、小さなことでウジウジしてる自分がダサすぎて思わず笑えてきました。

 

何も持たなくても生きてたらOK。
失うものはなくなったから、
もうどうなってもええわーーー!!!

 

この先失うものなんてなにもないと開き直ってみると、前向きなエネルギーがみるみる湧いてきました。

 

すると、いかに自分が普段から変えられないことについて悩むことに時間を費やし、つまらないこだわりとか信念とか、肩書きとか、変なプライドとか、

自分を守るために不要なものを抱えすぎて、がんじがらめで生きている

ということに気がついたんです。

ほんとはそんなもの持たなくても生きていけるのに。

予知能力が開花?!

そしてその旅ではすごく不思議なことが起こり続けました。

そのうちのひとつに、

何度も夢の中に出てくる場所が実在したこと!!!

これは嘘のような本当の話。

実は私、昔からいろんなパターンの予知夢をよく見るんです。

 

この時は物心ついた時からいつも夢の中に出てくる公園があったのですが、巨大な椰子の木の通りを抜けるとツタに絡まった小さな家がって、その先には小さな池とお花畑があって…

夢の中では公園だと思っていたのですが、実際は立派な植物園でした。

しかも、あのボサノバの巨匠、アントニオ・カルロス・ジョビンがいつも散歩していた場所だったそうで。アナログ盤で聞くぐらい大好きだったので、それを知った時はちょっと興奮してしまいました。

 

さらに、ブラジルに行く前から不思議な出来事は起きていて。

当初はブラジルではなくメキシコに行くつもりだったので、書店で「地球の歩き方メキシコ版」を買ったつもりが、なぜか間違えてブラジル版を購入していました。

返品しようかと思ったけどせっかくなので読んでいると、なんだか無性にブラジル愛が湧いてきて、気がついたらブラジル行きのチケットをゲットしていたんです(笑)

 

すべては必然と捉えるなら、旅は思い通りに進まないことが多いからこそいろんな気づきをもたらしてくれるし、何よりアドリブ力が鍛えられる。

怖い思いはしたけど、

人生のあらゆる場面で想定外のことが起こっても、動じず対応できる器ができた

のは、ブラジルの旅がもたらしてくれた最大のプレゼントでした。

まさかの乳がん告知

そこから数年後、長年のハードワークとストレスから体調不良に悩まされるようになり、
30代後半にさしかかった時にいったんコピーライターの仕事を辞めることにしました。

そこからは派遣で働いたり、アルバイトをしたりして生活をつないでいました。

ずっとその日暮らしの人生を歩んでいましたが、私の人生の節目にはいつもショック療法のようなことが起こるんです。

この頃、人間ドックで乳がんが発覚します。

 

経験した方はわかると思いますが、いわゆる「告知」ってすごいあっけないんですよ。

「残念ながら、ガンです」と言われた時は、「えーっ!心の準備もなんにもしてないのに、こんなにさらっと言われるもんなん?」と思いました。

さすがに告げられた時は一瞬だけショックでしたが、なぜか落ち込むことはありませんでした。

 

自分でも不思議でしたが、変えられないものを悩むより逆に自分を変えるきっかけをくれてありがたさしかないと、びっくりするくらい前向きに受け止めることができたんです。

 

私の友達はぶっ飛んでいる人が多いのですが、乳がんが見つかった当日に親しい仲間に報告すると、

 

第一声は、へえー。
あんたみたいな貧乳でもなるんや。

コラコラそこちゃうやろっ!とツッコミたくなりましたが、ピンチも笑いに変える関西人ならではの愛情たっぷりの正しい反応。ほんとに幸せでした。

 

こういうピンチの時も、昔の私なら誰にも言わずに隠していたかもしれません。

だけど自分の欠点や短所、弱みは出していかないと解決しない

 

それにこれは自分の欠点だと思い込んでることって、他人にとってはどうでもいいことだったりする。

ブラジルで死にかけた時に、人からの評価なんてもうどうでもよくて、

欠点は出していく方向で生きていく方がラク

と学んでからは、何も隠し事なしで曝け出すことに決めたから。

 

そして何より私は、悪運が強いのかもしれません。

幸い普通なら見つかることがないぐらいの初期段階での奇跡的な発見でした。

結構な勇気がいりましたが、一切の治療はしないという選択をし、今ではすっかり完治してしました。

 

ネットビジネスとの出会いはインドで

人生の突破口を見つけたインドの旅

 
 
 
 
 
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その後40代になっても相変わらず、今までの延長線上で生活のために短いスパンで特にやりたくもない仕事を我慢してやっては旅に出る、という毎日を送っていました。

側から見ると自由に生きていてうらやましいと言われていましたが、仕事も経済面でも常に苦痛を抱えていてそこから抜け出す方法も見つけることができず、40代後半になった頃にはとうとう貯金も底をついてしまいました。

 

ちょうどその頃、

最後の貯金をはたいて、2ヶ月インドを一人旅しました。

最初はチベットの文化圏にある
ラダックという小さな街から旅をスタート。

標高3,000m以上の高地にあるので滞在中は常に高山病気味でしたが、インドとはまったく違った文化があり、とにかく人が温かくて天国のように素敵な場所でした。

そこから移動中にたまたま立ち寄ったリシケシというヨガの聖地で(ビートルズが瞑想したことで有名な街)、しばらくのんびりヨガ漬けの生活でもすることにしました。

実はこの街で私の人生を変えるきっかけとなった出会いがありました。

ノートPCひとつで世界を渡り歩く男の子

ヨガのクラスで毎回一緒になる長髪イケメンの南米出身の男の子がいました。

毎日一緒にランチを食べたりしていたのですが、ある夜Wi-Fiが使える部屋に行ってみたらその彼が一人ノートPCに向かってカタカタと何やら作業をしている様子。

何してるの?と聞くと彼は「ネット上で企業サイトの検索順位を上げる仕事をしているんだよ」と素人にもわかるように簡単に説明してくれました。

 

「場所にも時間にも縛られずに、毎日ストレスフリーで世界中を旅をしながら暮らしているんだ。最高だよ。」

 

どこにいても仕事ができるから、半年後にまたインドに戻ってきて次は本格的にヨガの資格を取るとも言っていました。

その彼は後日、私の目の前でもインドの若手経営者から新たな仕事をゲットしていました。

 

心を殺しながら働いていた自分と、彼の生き方とのギャップに衝撃を受けてしまいました。

私にもできるならやってみたいなあと憧れを持ってみたものの、当時の私にとってはそんなことができるのは彼に特別な才能があるからだし、



自分の人生からはかけ離れた、遠い世界の話だと思いました。

インドの有名占い師の予言

さらに、その数日後。

不思議な流れでなぜか現地でとても有名な占い師に会う機会を得ます。

その占い師のおじさんは、私は特に何も聞いてもいないのに



「あなたはこの先、旅をしながらネットで仕事をするようになるよ」

というのです。

 

「えっ、私が?!お金もないし、何のスキルもないのに!?」

と、何度聞き返しても自信満々で断言します。

 

さらには、歯の病気だけ気をつければ、ここからはお金も健康も仕事もどんどん上がっていくし、何にも心配するなと。

 

さすがにおじさん、それは嘘やろ!と思いましたが、実はそのことを告げられる前に、過去に実際にあった出来事から家族構成や親の健康状態、絶対知るはずもない体のタトゥーの位置まで言い当てられていたんです。

彼の言葉にはもしかしたら本当にそうなったりして…と思わせるような凄みというか説得力がありました。

その夜はいろいろあって泊まっている宿には帰れず、近くにあるお寺の宿坊で一夜を明かしました。

 

そして翌朝、その占い師のおじさんの自宅にお邪魔しました。

すると一瞬ここはハリウッドなの?!と勘違いするぐらいのインドらしからぬ豪邸で、リビングはエルデコとか海外のおしゃれインテリア雑誌に出てきそうなハイセンスさ。

壁にはインドの著名人と映っている写真がたくさん飾ってありました。

よく知らずに出会ったおじさんでしたが本当にすごい人物だったみたいで。

 

そういえば私が出会った時もハリウッドのメディアから取材を受けている最中だったことを思い出しました。

ネットで仕事をするようになると言われた時はそんなことあるわけないと疑っていたけど、実はすごい人物だったということがを知り、もしかして言われたことが本当になったりして…と、うっすらとした期待感のようなものが生まれてしまいました。

決断すると道なき道は勝手にできる

私は高校生の時から画家の横尾忠則さんの大ファンで、20代の頃から彼の著書を読み漁っていました。

その中でもひときわインパクトが強かったのが「インドへ」という旅行記で、その中に作家の三島由紀夫さんの言葉が紹介されていました。

「人間にはインドに行ける者と行けない者がいて、行く時期はインドが決める」というようなことが書かれていて、それが頭の片隅にずと残っていました。

 

一般的にもインドは呼ばれた人しか行けないみたいな都市伝説が語られていますが、私の場合は行く前に「もしかしてこれは呼ばれているということか?」と思うような不思議な出来事が起こりまくりました。

 

まず、なぜか親戚のSNSを通じて九州在住の霊能者の男性から突然連絡があり、まったく知らない名古屋在住の経営者の方に連絡するように指示をされます。

よくわからないまま連絡をしてみると、今度はその方からインドのマイソールに15年以上住んでいるというサイババの信者の方を紹介され、旅の途中で会う約束をしました。

まだチケットも取っていないのに、知らない間にあれよあれよとご縁が繋がれていって、インドまでの道筋が勝手にできてしまったのです。

 

旅の最終地点ではサイババの信者の方の家にしばらく滞在させてもらったのですが、まるでアメリカの高級住宅地みたいな現地のお金持ちしか住んでいないエリアだったので、インドにいることを忘れるほど快適な滞在をさせてもらうことができました。

 

こんな感じで

行くと決めると勝手現実が良い方向に動き出したのです。


この時に学んだことは

何かをやろうと決断すると、道なき道はオートマティックにできるのだ

ということでした。

ジョブズとザッカーバーグの革命の原点

インドでは2ヶ月間にいろんな場所を移動しました。

テレビなどで紹介される時に真っ先に映るガンジス川のあの風景・バラナシにも行くつもりはなかったけど、旅先で知り合った子たちと一緒に1週間滞在しました。


そこでは亡くなった人が次々と運び込まれ、目の前で人が火葬されるのを目の当たりにしました。

あまりにショッキングな光景だったのでその帰り道は全員が言葉を失くしていました。

 

当たり前のように生きているけど、明日も当たり前のように生きている保証なんてないんだ。

日本に帰ったら毎日をもっと大切に生ききろうと、心の底から誓いました。

 

インドでいろんな経験をしたけど最も強烈に印象に残っているのは、現地の人はみんな目がキラキラしていて、私たちが日頃忘れかけている命の煌めきみたいな本質的な部分を失っていないこと。

物理的には豊かでなくても、みんな心から毎日を楽しんでいるんです。

 

スティーブ・ジョブズは大学を中退してインドに行き、あまりに直感的に生きているインド人を見て直感は知性よりも強力」と感じ、そのことがAppleの成功に大きく影響したのだとか。

また事業の先行きが見えずに苦悩していたマーク・ザッカーバーグもジョブズの助言でインドを1ヶ月旅し、ビジネスでの気づきを得たそうです。

 

旅が新しい視点をもたらしてくれるというのはありきたりで陳腐なことのようだけど、偉人の革命にも必要なエッセンスだったようです。

副業ブログが半年で本業になる

インドでの予言が現実になる

インドから帰ってきた後は、またその日暮らしのアルバイト生活に戻っていました。

ですが、インドでの不思議な出来事の続きが再生されていくように、新しい職場ではWordPressを使わなくてはいけなくなり、いろいろ調べものをしているうちにアドセンスやアフィリエイトというワードと初めて出会いました。

その頃のバイトの手取りは多い時で8万円ほど。

生活のためにたいしてやりたくもない仕事を転々とし続けていたので、一刻も早く金欠生活から脱出したいという切実な思いを抱えていました。

 

そこで、まずは副業で収入を得ようと決意。

今の生活をベースにしながら、しかもコストをかけずにできるものといえば、ネットしかないのではないか。

だったら、

ネットで自力でお金を稼ぐって、どうやればいいんだろう?

 

そんな疑問を解消するため急いでSEO、アフィリエイト、アドセンスってなんぞや?!と言う感じで、ネットビジネスの始め方についてあれこれ調べまくりました。

そしてひとまず自力でWordPressを立ち上げるところまで進めつつ、教えてくれる人を探していました。

 

自己流でやらず最初から先生探しをしたのは、作家の本田健さんやホリエモンなどその道のエキスパートたちがみんな声を揃えて

成功するためには、すでに成功している人に教えてもらうのが一番近道

と言っていたからです。

 

そうしてネットを通じて辿り着いたのがいまのビジネスの師匠のサイトでした。

世界を変えたければ、身銭を切って動け

師匠と出会った時は、残念ながらコミュニティの募集も終わっていたのでコンサルは受けられなかったのですが、どうしても親しくなりたい一心で、飲み会や旅行に誘っていただいた時は、経済的にはかなり厳しい状況でしたが二つ返事で全国どこでも駆けつけました。

いま思い返せばストーカーのようにかなりしつこかったかも(笑)と思います。

 

当時は休みは自由に取れたもののアルバイト代が手取り8万円しかなかったので、給料のほとんどが交通費と宿泊代、飲み会代ですべて消えていました。

まだまだ貧困状態だったので最初に受けたコンサル代の半分はなんとか自己アフィリエイトで捻出し、足りない分は家族に借金をして支払いました。

 

ここからブログ最優先の生活がスタート。

もう後戻りはしたくないと自分を追い込み、仕事が終わってからもその日のタスクが終わるまで家には帰らず、コワーキングスペースに篭りました。

そんな感じで本気で腹を括って取り組んだ結果、4ヶ月目で月収40万円を達成。

副業をはじめて半年でブログが本業になり、あっという間に人生が180度変わってしまいました。

 

いま振り返れば社会人になってから、常に漠然とした将来への不安を抱えながら生きていました。だけど自分でお金を生み出すスキルさえ持っていれば、悩みのほとんどは解決できたと思います。

 

そして、初期の頃の自分を振り返って褒められる点があるとするなら、

まずは自己投資して、目的地まで最短距離で向かったこと。

もうこれに尽きる!!!

 

あとは、目標をスムーズに叶えるために、

実際に稼いでいる人の考えや行動に、身近に触れられる環境に身を置いたこと。

 

これも本当に大きかったです。

1,000万円以上稼げるようになるまでは、教えてもらったことだけひたすら愚直に取り組んできたし、自己流でやったことなんて何もない。

 

いまはネット上には情報が溢れかえっているように見えて、実は肝心な部分の情報はほとんど出回っていません。

なので、表に出ていない部分の情報はいま攻略している人と会って話さないと、分からないのが実際のところ。

 

本当に大事な情報は人を通してしかやってこないから、何ができるか自分で考えて主体的に動いた人にいち早くチャンスの扉は開くようにできているのです。

自分が生きやすい環境をつくる

私は世間的にはかなりドロップアウトしている人間だと自覚もしています。

例えばずっと独身なのでもう耳が腐るぐらい「なんで結婚しないの?」と言われ続けてきました。

40代後半になると言われることも少なくなりずいぶんラクになりましたが、するのが当たり前という価値観を持っている人にとっては理解できないのは当然のことだと思います。

だけどするかしないかの選択は、個人の自由なんですよね。

 

ほかにも、私は左肩にワンポイントのタトゥーが入っているので近所のスパを出禁になったり、大手のジムでは誰にも見えない場所でも入れてる事実だけで入会できません。
(もちろん迷惑にならぬようルールは守りますよ。)

そんなこともあれば、逆にお堅い一部上場企業と仕事をしていた時などは、夏場にタトゥーがチラ見えしていても、クリエーターだからぜんぜんアリと認められる。

いる場所によってギャップがありすぎて謎でした。

 

フリーランスになることのメリットは、

あらゆる制限から解放されて自分の生きやすい環境を作れること

だと思います。

少し前までは人と違う選択をしたり自分を貫くと風当たりが強い世の中だったけど、最近はいろんな意味で多様性が認められるようになりようやく生きやすい時代がきたなと。

 

ここ最近だとClubhouseの登場でさらにリアルとSNSの境界線が薄くなり、会ったことない人と仲良くなれたり、業界のトップランナーと気軽に交流できたり、制限がない分チャンスも格段に増えた。

テクノロジーの進化によってあらゆる面でボーダーレスが加速していくので、やりたいことがある人にとっては、いまだかつてないほどすばらしい時代

失敗したことがない人は、挑戦したことない人

何かはじめようと思った時、たいがいの人は失敗したらどうしようってやる前から心配しますが、

新しいことしたら失敗は必ずするものです。

 

決断をする時や一歩踏み出す時は不安や恐怖がつきまとうけど、何かをやる時に怖いと感じたらそれは実はGOサイン!

だって怖いって感じるってことは、踏み出した後の変化がすごく大きいってことの証だから。

それだけ大きく飛躍できるチャンスだってこと。


不安とか怖いという気持ちは決して悪い感情じゃないですよ。

元を辿れば人間の生存本能からくるもので、つまり生きていくためには自分を守らないといけないという、人間のデフォルト機能が発動しているだけ。

 

最初の一歩にはいつもこの心理的ハードルが伴うけど、

「失敗はするもの」という前提で動けば案外すんなりと踏み出せたりします。

 

 

どんなことでも経験値が増えれば楽観的な見通しが立てられるようになるし、最初は不安でもどんなことでも一定期間が経てば必ず慣れる。

それに2度死と直面したからわかるけど、失敗してもすぐは死なないから、大丈夫。



そう思うと失敗はダメージではなくて成長に必要なビタミン剤に変わってしまうのです。

「いつかやろう」は一生できない

最初にも書きましたが、あえてもう一度。

もし変わるきっかけを探してるなら、これまでの延長線上だとたぶん無理。

科学的にも人間の脳は見たいものしか見ない仕組みになっているから、普段から頭の中で思っているものだけ見るようにできているのです。

 

歳だから、才能ないから、時間がないから、経験がないから、いまお金がないから、自己肯定感が低いから…などなど、

できない理由を頭で想像しているとそれが現実化してしまうわけです。
(うかつに想像するのが怖くなってしまいますね。)

 

逆に言うと、ポジティブな決断をした瞬間にその現実はすでにつくられているも同然なのです。

やるかやらないかの二択しかない

同世代にしかわからないことだけど

ぶっちゃけホルモンがついてこない日もあります(笑)

大変さもあるけどこれほどまでにやりたいことがすばやく実現する時代はないと肌で感じるから、恐れず波に乗ることが本当に大事。


「いつかやろう」と思っている人は「明日も当たり前に生きている」と思っている人。
人生100年時代とはいえ、ずっと生きてる保証なんてないですよ。

 

転職したり習い事で新しいクラスに参加した時って、新しいことを覚えるのに必死だし慣れない環境って不安ですよね。

でも1ヶ月いるとさすがに慣れて違和感なんていつの間にか消えているもの。

 

新しい方向に動き始めた時って最初はすごく居心地が悪いけど、

居心地の悪いところでこそ人間の成長は加速するものです。

 

慣れるまでの不安やしんどさは、ただの成長痛。

私自身は新しい刺激や発見を日々取り入れながら、ビビらず変化を乗りこなし錆びない人生を送っていきたい。

 

何かを変えたければ、

シンプルに「やるか」「やらないか」の二択しかない。

 

そして、最後まで自分を信じてやり抜けるかだけだと思う。

 

長々と書きましたが、現状維持は退化でしかないと自分にカツをいれつつ、まだまだやることは山積みなので今日も小さな進化を積み重ねていく次第です。

まだまだ伸びしろはあると信じて〜!!!

 

最後まで読んでださりありがとうございました( ^ω^ )